年を重ねる毎に色を変えていくワイン。ボトルの中で実際に何が起きているのかというお話。
開けたばかりのはずの赤ワインなのに、グラスに注ぐ前、ボトルの底のほうにうっすらと霞んだような沈殿を見つけて、少しドキッとしたことはありませんか。
赤ワインも白ワインも、歳月を重ねるうちに色を変えていくことは、本編の「歳月が塗り替えるキャンバス」というページでも詳しくご紹介しました。若いうちは紫がかっていた赤も、年数を経るとレンガ色や琥珀色へ。白は逆に、淡い黄緑から金色、そして琥珀色へと深まっていきます。今日は、その続きとして、ボトルの中で実際に何が起きているのか、というお話をしてみたいと思います。
実は赤ワインの色が変わっていく理由は、色素がただ薄まっているというよりも、色素そのものが少しずつ「姿を変えている」からだと考えられています。赤ワインの若々しい紫色のもとになっているのは、アントシアニンという色素の、まだ単体でいる状態のものです。熟成が進むにつれて、これがタンニンなど周りの成分と少しずつ結びつき、より安定した、けれど色味の違う新しい色素へと生まれ変わっていきます。紫が赤へ、赤がレンガ色へと移っていくのは、色が消えていくというより、色そのものが世代交代しているようなものなのだそうです。この結びつきがさらに進んで大きく育った粒の一部は、長い年月をかけてとうとう液体の中にいられなくなり、静かに瓶の底へ沈んでいきます。古いワインの底に見つかる、あの霞のような沈殿は、こうして生まれ変わった色素のなれの果てだとも言われています。
一方、白ワインの色のもとになるポリフェノールは、赤ワインほど大きな粒には育ちにくく、瓶の中に沈んでいくことはあまりありません。空気にわずかに触れながら少しずつ酸化して、液体に溶けたまま色だけを濃くしていきます。同じ「歳を重ねる」でも、赤は色そのものが姿を変えながら一部が沈んでいくのに対して、白は液体の中にとどまったまま深みを増していく。方向がまったく逆なのも、面白いところです。

ちなみに「ポリフェノール」という言葉、いろいろな食べ物や飲み物の説明でやたらと見かけませんか。実はこれ、「poly(多数の)」と「phenol(フェノール)」を組み合わせた言葉で、ベンゼン環にフェノール性の水酸基を複数持つ植物由来の成分を、まとめて呼ぶための総称なんです。世の中には5,000種類以上あるとも言われていて、お茶のカテキンも、大豆のイソフラボンも、そして実は赤ワインの色のもとであるアントシアニンも、渋みのもとのタンニンも、ぜんぶポリフェノールの仲間。
多くの食材の健康に良いとされている栄養素が、同じポリフェノールがもとになっていて、ワインもその仲間がたっぷり含まれているというのは、ワイン好きにとっては嬉しい限りですね。
赤ワインの底に沈んでいたあの霞は、いわば「歳月の忘れ物」です。以前デキャンタージュについて書いたエッセイ「時をほどくガラスの瓶」でも触れましたが、古いワインをそっとデキャンタに移し替えるのは、こうして生まれた沈殿物を、静かにワインから切り離してあげる作業でもあるのです。ちなみに、もともとタンニンをしっかり含む骨格の大きな赤ワインほど、この結びつきが起こりやすく、若いうちから澱が出やすいとも言われています。
少し古めの赤ワインを開ける機会があれば、抜栓の前にボトルを半日から一日ほど立てておいて、澱を底に静かに沈めてあげてください。そのあとデキャンタや別の容器にゆっくり移してみると、澄んだ赤の向こうに、影のような沈殿が残る瞬間を覗くことができます。色が生まれ変わっていく、その最後の一場面です。
もし、ワインの色が生まれ変わる最後の瞬間にめぐり逢いたくなったら、Wine & Whisper セレクトショップでお気に入りのデキャンタを手に入れてデキャンタージュを楽しんでください。

色そのものの仕組みは「グラスに宿る色の秘密」のページに、熟成による色の移り変わりは「歳月が塗り替えるキャンバス」に詳しくまとめてありますので、よろしければあわせてご覧ください。
デキャンタージュについては、以前のエッセイ「時をほどくガラスの瓶」でも書いています。